学校制度のあり方を根本から見直してもいいのではないだろうか

日本の学校制度というものはみんなで入学してみんなで同じ授業を受けてみんなで卒業します。

学校ではさまざまな科目を学び運動会や修学旅行などのさまざまなイベントもある。部活やクラブ、委員会などもあり生徒はさまざまな体験を学校でします。
基本的にはずっとこの形で学校制度というものは変わらずにきているのだけどもうそろそろ見直してもいいのではないだろうか。

教員不足も深刻でいじめ問題もなくなりません。

小学中学の科目の中にははっきり言って必要ないのではないかと思う科目もあります。体育、美術、音楽、図工などははっきり言って必要ないでしょう。この種の科目は興味のある人が専門、大学で学べば充分だと思います。

そして必要な科目はネット授業で学べばいいのです。



大学は通信大学があるし高校でも通信授業をしているところが今はあるという。
そういったやり方を小学中学にも適用していけばいいし学校のあり方、形というものも時代とともに変わっていくのが自然な流れではないだろうか。

最近では道徳というものも正式な科目になると聞くがこれは明らかに時代に逆行する流れだと思います。
道徳なんてものは人に点数をつけられるようなものではない。これは生きていく上で自然に身に付けていくものだし価値観や考え方は多種多様なのが当たり前のことです。
もともと学校は全体主義の場だなと思っていたけど道徳が科目になるということでますます全体主義の要素が強くなったなと感じます。

学校で教えるのは主要科目だけで充分です。
テストをして出来の悪い生徒、優秀な生徒でランクづけをされたり、体育で運動神経を競わせたりするのはいじめや差別の原因にもなるしもうやめたほうがいい。

ネット授業だけでは社会性やコミュニケーション能力が伸びないかもしれない。
そのための場所も必要にはなるだろう。
しかしそれは強制される場所になってはいけません。楽しく通える場所にならなければならない。
子供がスポーツや趣味などで交流できる場所をたくさん日本中に作ればいいと思います。点数をつけられる場所ではなくあくまでも楽しめる場所として作る必要がある。


現在の学校というのは子供を苦しめる場になってはいないだろうか。
パワハラ、セクハラだったりいじめだったりで子供が伸び伸びと通える場になっているとは僕には思えません。
自殺するまで追い詰められている子供がいること自体が異常でありあってはならないことです。そして自殺した子供の数の何十倍、何百倍という数の子供がいじめの被害にあっているだろう。
子供の時代に楽しめず苦しまなければいけないことはあまりにも不幸なことです。

極論にはなるかもしれないけれどもこれだけインターネットが普及し子供からお年寄りまでネット環境の中にいる中でペーパーテストをすることになんの意味があるのだろうか。
わからないことがあればネットで検索してなんでもわかる時代です。
例えば歴史や地理などのテストを調べてすぐにわかることを一生懸命暗記する必要があるのだろうか。

そう考えると教師から教えてもらう必要がある科目というのはどんどん狭めていける気がするのです。

知識はネットの中にあります。身に付けていかなければいけないのは計算や英語などのスキルでありそういったものだけを学べばいいのではないだろうか。
それを動画で配信して生徒はいつでも何回でも試聴できるようにする。

苦しむ子供が一人でも少なくなるように政治家や政党は真剣に学校改革を考えてくれたら嬉しいなと思います。

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