子供の命を守るために社会全体が変わらなければいけないのではないのか

子供が被害にあう事件が後をたちません。虐待や連れ去りなど、日本中で事件が起きています。日本はよく他の国よりも治安がよく平和だと聞きます。しかし子供が現実に被害にあい犠牲者となってしまっている事実はあるわけで今のままでよいとは到底思えません。事件が起きるたびに悲しいとか対策をしなきゃいけないとかと声は上がるが何度も同じ事件が繰り返されている。子供は社会の宝です。国の未来です。子供の命よりも大切なものなどないし何よりも守らなければいけないものです。
だったら100%防ぐ対策をしなければいけないのではないだろうか。99%防いだとしても1%の被害者が出てしまってはいけないのです。
最近では北海道で登下校中の児童が殴られたり腕を捕まれたりする事件が多発しているという。現在は保護者が付き添い登下校しているといいます。 残念ながら子供を狙った卑劣な事件というのは後をたたないし日本中のどこで起きても不思議ではありません。北海道じゃなくても他の地域で起きるかもしれないしほとぼりがさめたらまた北海道で起きるかもしれない。 登下校を子供だけでさせるのも街を子供だけで歩かせるのも危険すぎると思います。予算はかかるかもしれないけれどスクールバスで100%送り迎えはするべきです。アメリカなどでは子供だけで街を歩かせたら虐待と見なされると聞いたことがあるけど日本でもそのくらいの認識が必要ではないだろうか。 そして悲しいことに本来ならば守ってくれるはずの親から虐待をうけてしまっている子供の数もものすごい数にのぼっています。

12万2500件というのはおそらく氷山の一角でしょう。子供は自ら通報したり助けを求めたりすることができません。まわりの大人が気づいて発覚するケースがほとんどだと思うし、逆に気づいてあげられなければ虐待はずっと続いてしまいます。
東京で5歳の女の子が虐待死する事件がありました。わずか5歳の女の子がノートに書きつづったあの言葉は絶対に忘れてはいけないしあの声に社会は答えなくてはいけません。悲しいだけで終わらせてはいけないのです。
今のままでは児童相談員の数は足りないし権限も弱い。児童相談員の数を増やすことや児童相談員の判断で強制的に部屋に立ち入ることができる権限を与えることが必要だと思います。
そして虐待死を未然に防ぐ対策として親への罰則の強化も必要です。虐待死の場合ほとんどのケースで親へかされる刑は保護責任者遺棄致死だといいます。
刑は懲役7年程度だといいあまりにも軽いと感じます。
守ってくれるはずの親から虐待され命を奪われた子供がうけた絶望ははかり知れません。厳罰が必要ではないだろうか。
虐待死は殺人と判断するべきだしたとえ犠牲者が一人でも子供の命を奪ったらケースによっては極刑がありえてもいいのではないだろうか。それが抑止力になり子供の命を守ることに繋がると思います。

そして我々まわりの大人ができることは子供のSOSを絶対に見逃さないようにアンテナの感度を上げること。親戚や友人の子供、近所の子供たちがどんな状況にいるのか。
注意深く見ていくことが大事だと思います。犯罪というものは密室の中で起こるものです。社会の目、まわりの目が届いていれば起こりません。

核家族化が進み親と子だけの家族もたくさんあります。地域との関わりも希薄になり子供を守る社会の目は非常に弱くなっている。
子供の命は社会全体で守っていくという姿勢が強く求められていると思います。 ブログランキング・にほんブログ村へ
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